安倍内閣は疑惑を温存する?

  最近の新聞は程度の差こそあるもの、安倍首相や中央官庁の官僚、自衛隊上層部の疑惑や不祥事の載らない日はない。それと同時に、これら疑惑や不祥事を無かったものとしようとしたり、一部の者の単独犯行だとして政治家とは関係ないものとしようとしたりする安倍さんや関係閣僚の言動も毎日のように載せられる。

  幾つかの省庁でいろいろな疑惑、祥事が同時多発的に発生するような事態はこれまでになかったであろう。もっと言えば、今までならそれらの一つ一つの疑惑ですら内閣は倒れていたであろう。それがこれだけ重なってもまだ持ちこたえている。それは、与党自民党公明党が必死に支えているからである。

  ならば、何でこんなに長引いているのか。それは安倍さんを筆頭に、政府側が疑惑、不祥事を解決しようとせず、揉み消しや潰しにかかっているからであろう。短期で解決する気なら方法は幾らもあろうが、解決する、ということは自分に火の粉がかかり、自分が無傷では済まないからである。

  日本という国はきちんとした三権分立の国家ではない。首相は国会で多数を握る与党のトップであり、与党の意志のままに動く。裁判所にしても、最高裁長官は内閣が指名するし、最高裁判事も内閣が任命する。その他の日本銀行総裁や審議委員、会計検査院人事院などの主要人事も内閣が任命し国会の同意を得る。つまり、総理大臣を頂点とした任期期間中限定ながら独裁国家である。国会が国権の最高機関と憲法に規定されてはいるが、実態は与党の支配下にある。

  日本では国会での審議では党議拘束が普通に行われていて、国会議員個人の意見を国会に直接反映することが出来ない。それだけでなく、与党内主流派に逆らうと選挙で公認を得られなくなる。小選挙区制になってから党の公認を得られなくても当選できる議員はごく少数だろう。だから言いたいことも言えなくなって、保身の為にひたすら主流派の意見に従うようになる。

  世界が大きく動いている今の時期に、日本は国内問題を解決しようとせず、ただ時の過ぎるのを待つ、では世界の動きから大きく後れを取る。だからといって、この問題を脇に置いてというわけにはいかない。こんないい加減な安倍内閣に日本を任せるわけにはいかないのである。安倍さんの後に誰が政権を担っても、今より悪くなることはないだろう。

  疑惑については、情報開示もせずに口先だけで取り繕うのではなく、全ての情報を開示し、今かけられている疑惑が間違いであることを示せばいい。不祥事については、監督不行き届きを素直に認め、責任をとって担当大臣は自ら辞任すればいい。もし、疑惑が晴らせなければ、疑惑を素直に認め、不祥事の処理が済んだところで、安倍さんは自身で啖呵を切ったように内閣総辞職し、国会議員も辞職すればよい。安倍さんにはそんな度量はないことは十分承知の上での話である。日本という国は、そんな情けない人物でも総理大臣が務まる国なのだろうか。

日本の統治機構は大丈夫?

  日本の統治機構の根幹である官僚機構が悲惨な状況であることが、次々と明るみに出て生きている。文部科学省財務省厚生労働省、防衛相、とドミノ倒しのように次々と明るみに出てきた。これで収まればいいのだが、この際だから、すべて明らかにしてはどうだろう。

  こうした悲惨な状況を内閣とは切り離そうと懸命になっている安倍首相、各担当大臣、更には当該省庁の官僚たちが賢明な国会対応をしている。無理をして屁理屈を並べているから、外から見たら笑うに笑えない惨憺たる状況を呈しているように見える。

  疑惑が次から次と出てくるのに、首相以下政府全体として対応は、本気で解決しようとする気はなく、出てきた事実すら認めようとせず、疑惑ではなく、何事もなかったかのごとく隠蔽しようと懸命の努力を重ねている。与党も同調して疑惑隠しに手を貸しているから、国会は小学生の学級会以下の惨状である。

  首相やそのお友達と官僚の両方が関わっていることなので、証拠に類するもの全ては自分達で握っている、という安心感なのだろう。表に出てしまったものだけは認める。ばれたものの同類だけは認める。それ以外は一切認めない。都合が悪くなってくると前言修正をし、当初からそうした話だった、と強弁する。こんな状況が最近はずっと続いている。これでは一歩も前には進まない。

  疑惑解明が進まない、文書管理がいい加減、いずれも安倍さん以下本気で正そうとしない。疑惑解明は当該部局に任せる。杜撰な文書管理は、原因も分らないのに再発防止策を考えるという。こんなことでお茶を濁そうとしている。本気で疑惑解明したり、文書管理を徹底したりしたら、この先自分たちが困ることになる、と分かっているのだ。自分たちの政権がこの先ずっと続くという前提を堅持している。

  本気で疑惑解明する気なら簡単にできる。独立した第三者機関を設置し、権限を与えて徹底的に調べれば答えは出るだろう。文書管理も、文書の廃棄に関しては当該部局に判断をさせない。文書に関する独立した専門組織を作り、文書の保存や更新、廃棄の是非等文書について管理し、恣意的な文書廃棄や改竄を防ぐようにすれば現状よりかなり改善するだろう。

  現状のような自分の都合しか考えない首相の下で、基本的に情報は非公開とする。真実は知らせない。そうした中で、自分の都合の良いように物事を進める。不都合なことがばれても徹底した口裏合わせで潰す。一体誰の為、何の為の政治なのだろうか。こんなことが続けば、日本の先行きは真っ暗である。

安倍内閣の下で文書・データは大丈夫?

  こ数日、陸上自衛隊イラク派遣の日報問題が改めて問題になっている。ここでは改めて書かないが、安倍内閣の文書・データに関する諸問題は目を覆うばかりである。今回の陸自イラク派遣の日報問題、南スーダンPKOの日報問題、加計学園に関する数々の文書、森友学園に関する決裁書の改竄問題、裁量労働制のデータの不適正利用、更に最近明らかになって、今後の進展に注目の厚労省東京労働局の是正勧告に関するのり弁資料等。

  何故こんなに文書・データに関し隠蔽、改竄、非公開、不適正利用が頻発するのか。しかも、これらの問題はいつも、始めはそんなデータはない、怪文書だ、開示できないなど、無かったことにしようとする意図がありありである。そして、時間が経って次第に問題が明らかになってくると、事実関係だけは認めるものの、担当省庁の内部調査をすると幕引きを図ろうとする。一体何なんだろう。

  こうした問題が頻発する最大の原因は、安倍内閣の文書・データに関する考え方であろう。安倍首相は何をおいても憲法改正が最優先である。その為には政権を維持していなければならない。政権維持の為なら何でもする、ということだろう。自分に都合が悪いような文書やデータはあってはならない。その為に情報は原則非公開。やむを得ない場合にだけは一部見せる、どうしても出さなければならなくなると、ほとぼりが冷めるのを待つようにして出す、という手法でこれまで来た。文書・データの重要性というものは無視されてきた。

  問題が発覚すると、内閣全体の問題ではなく、当該省庁の問題であるから、当該省庁の中で対応していく話だと内閣との関係を切り離し、当該省庁で内部調査をすると言って逃げを打つ。しかし、過去の一連の問題で、関与した官僚が多数処分されたとか、担当閣僚が責任をとって辞任した、という話は聞かない。唯一それらしいのは、南スーダンの日報問題で稲田防衛大臣(当時)が辞任し、事務次官と幕僚長が処分をされたが、大臣は自身の関与には触れず、辞任の理由がよくわからないままであった。

  問題が発覚した時に、組織のトップである担当大臣が責任をとらない。部下である官僚が勝手にやったこと、と突き放すようでは、組織としてはもうまともに機能しない。先ずトップが範を示す。更に担当大臣を指名した総理大臣も口先だけで責任があるというのではなく、ならばどう責任をとるのか示す必要があろう。

  官僚に対しても、文書やデータの取り扱いが杜撰だったとか言う前に、何故このようなことが起こったのか第三者委員会を設置して、誰の指示で、誰の責任で、誰が関与したのか徹底的に調べる、そして、厳正に処分する、ということが行われないと今後もなくならないだろう。内部調査だけで真実が明らかになるとは思えない。

  安倍内閣は、公文書管理のガイドラインに基づき情報公開、文書管理を徹底する。再発防止に向けては、電子決裁システムへの移行を加速するなどと言っている。しかし、今起こっていることはそれ以前の、文書やデータを取り扱う人間の問題である。ここを何とかしないと問題の解決にはならない。内閣の本気度が問われている。

安倍政権の深い疑惑の闇

  28日、厚労省衆院厚労委員会の理事会に、野村不動産に対する厚生労働省東京労働局の特別指導の資料を提出した。出てきた資料は、いつものように、というか、知らせたくない事が書いてある時の常套手段の黒塗りのり弁であった。正に国会は森友学園に関する決裁書の改竄問題で大揺れの時である。この時期にのり弁資料を出してくるとは、いい度胸をしている。

  この資料、安倍内閣が今国会でどうしても通したい「働き方改革法案」の資料として、裁量労働制の違法適用に関する指導実績として出してきたものである。 ところが、森友問題の決裁書改竄と同様に新聞報道により、特別指導の背景には、裁量労働制が違法適用されていた男性社員の過労自殺(2016年9月)と労災認定(2017年12月26日)があったことが、明らかになった。こうした背景を隠して記者発表を行い、違法適用に対して適切な指導を行った好事例のように国会答弁にも使用してきた。新聞報道がなされなければ、野党からの追及をかわすための好事例として使用し続けていたのだろう。

  その国会答弁の為に官僚が作った大臣説明資料が今回提出された資料である。黒塗りの部分にはおそらく過労死、労災申請、労災認定という言葉が入っているのだろう。これがバレたら大臣は事実を知りながら、都合のいいように歪曲し虚偽答弁をしていた、ということになる。加藤厚労大臣は、個人情報の部分や今後の労働基準監督署の調査に影響を及ぼすおそれがある部分を黒塗りにした、と言っているが、実際はバレるのが怖いだけだろう。

  安倍政権下では種々の疑惑が見つかっている。そしてその都度安倍さんは、疑惑はない、バレた時には解明に全力を尽くすと言ってきた。だが安倍政権の手で疑惑が解明されたことはないし、今後も解明されることはないだろう。もとより自らやっていることだから当然後ろ暗いことであることは認識しているだろう。だから疑惑の解明などする気はないだろうし、そもそも疑惑などとは思っていないのだろう。

  安倍政権の疑惑対応は、今回のようにバレなければ資料も出さないし、バレてものり弁にして実質拒否する、あるいは森友問題の決裁書改竄のように文書を書き換えてしまう、ということをいとも簡単にやってしまうのである。官僚ぐるみで行われるのでバレる可能性は相当に低い。たまたま最近数件がバレたが、その後ろにどれだけの怪しげな案件が隠れているのだろうか。現在も政権の底で、外部に気付かせないように注意深く進められている事があるのかもしれない。疑惑の闇は底なしなのだろうか。

本当に関与はなかったの?

  27日に森友学園問題で元国税庁長官の佐川氏の証人喚問が行われた。内容は予想された通り、出来上がっていた台本通りに、それぞれの役者は演じきった、ということだろう。佐川さんの答弁は、首相官邸財務大臣等からの指示は明確に、無かったと言い切った。また自身の国会での答弁に瑕疵はなかった、としながら、一方でその他の事項については殆ど刑事訴追の恐れがある、としてほとんど証言拒否した。

  証人喚問については報道の仕方にも問題ありと思う。先ず、知り得る限りではあるが、佐川さんは安倍夫妻や首相官邸、政治家の関与を否定していない。決裁書の改竄については、「指示はされなかったですね。」という質問に、「官邸などからご指示もございません。理財局の中で対応したということであります。」と答えただけであり、関与はなかった、とは言っていない。

  また、土地売買に関しても、売買の進行中の時期は他部局の所属であり、理財局局長になったのは契約の3日前という。土地売買に関しての経緯など知る由もない。従って、答弁は「昨年の国会答弁を通じて過去のものを見ている。その中では一切、総理や総理夫人の影響があったとは、私は全く考えていません。」となっている。これは本人の感想を述べただけで、事実関係を述べたものではない。こうしたことを明確にしておかなければならない筈である。しかし、残念ながらこうしたことを明確にしている報道には接していない。

  一方政府自民党の対応はというと、安倍首相が官邸に入ってくる時の記者の声掛けに対しては、昨日までのむっつり無言で通り過ぎる態度から、にこにこしながら記者に、ご苦労さんと、余裕の声掛けをしていた。また、菅官房長官は、恒例の記者会見で証人喚問について聞かれると、いつにも増して木で鼻を括ったような、素っ気ない対応しかしなかった。政府与党は首相官邸の関与は否定された、と早くも幕引きを図る構えだ。

  ちょっと待った、である。安倍さんは、行政の長として責任の重さを痛感している。なぜこんな問題が起こったのか全容解明する、と語っていたのではないか。何か問題は解明されたのだろうか。いつ、誰が、何のために、そしてどのように改竄に至ったのか。何一つ明らかにならなかった。野党の質問力の稚拙さもあるだろうが、まだまだ幕引きは無いだろう。何より、国会が行政に騙されていたわけである。与党とか野党という前に、国会議員であろう。党利党略に走るより、馬鹿にされた国会の議員だろう。怒ってしかるべきだと思うが、そんな気概は今の国会議員にはないのだろうか。ここで国会での問題解明への動きを止めるようなら、まさしく国民は置いてけぼりである。如何に毎度毎度の口先だけの安倍さんとはいえ、これだけの大事件にきちんと向き合えないとなれば、もはや政治家を辞めてもらうしかないだろう。

官僚の劣化と自民党の専横

  名古屋の中学校での前川前文科事務次官の公開授業について、自民党の議員から圧力が掛かった。文科省当局者は当初、前川氏の講演の記事を新聞記事で見て、質問状を送った、と言っていたが、その後自民党議員から講演についての内容の問い合わせがあったことを認めた。しかし、質問状自体は文科省が主体的に出した、としている。

  教育の政治的中立性は教育基本法に定められていて、これは不可侵の教育上の理念である。それをいとも簡単に破って政治的に利用しようとするとは、一体自分たちを何様だと思っているのだろう。文科省側が何と言い訳をしようと、自民党議員の問い合わせに応じて質問状を出したことは明らかである。文科省が嘘をついてでも議員を守らなければならない理由は何なんだろう。

  官僚の劣化は、もはや目を覆うばかり。自民党議員に言われれば何でもやる、という風に成り下がってしまったようである。相手が誰であろうと、駄目なものは駄目、と言える官僚はいなくなってしまったのだろう。森友問題も同じような構図だ。政権与党に言われれば、法を犯してでも文書の書き換えをしてしまう。そして、公になると、嘘をついてでも政権与党を守ろうとする。

  与党議員の劣化も酷いものである。国会での質問時間をあれだけごり押しして増やした与党議員の質問もどきは目を覆うばかりである。安倍首相のよいしょ演説やら、官僚攻撃やら、自説の展開など、肝心な政府側への質問はほとんど聞けなかった。質問力の無さというより、安倍さん、麻生さん、菅さんへの忠誠度のアピールの場と心得ているようである。こんな議員の質問は要らないし、単に野党の質問時間を減らすことを目的としていた、ということが明らかになった。

  今や官僚は完全に政権与党の顔色を窺って仕事をし、本来の自分たちの仕事である国民に向かっての仕事、をしているわけではなくなった。官僚が強くなればいいということではないが、政治家が劣化してしまっている現在、その劣化した政治家に官僚が迎合していては、ますます日本という国の劣化が止まらない。

  官僚の専横も困ったものだが、政権与党の専横は最もあってはならないことである。好き勝手をしている安倍政権がいつまで続くか。それによって日本の劣化がどこまで進むか。どこかで立て直せるのだろうか。

安倍首相によって壊される日本

  議論の出来ない、議論をしない、議論をさせない、という安倍さんが政権をとってから、日本はどんどん劣化している。国会ではまともな議論が成り立たず、一方的に攻撃するか、質問にはまともに答えず、自分の都合に合わせた応答をする。これが議論のできない安倍さんだけでなく、閣僚、自民党議員、官僚、と国会内に蔓延し、まともに議論をしない議会になってしまっている。国会での議論は政治の基本だと思うが、問題の本質の議論を避ける、という姿勢が見えてくる。

  議論をしなくても済むように、人事権を最大限に使って人を替えることにより、自分に都合の良いように政策を動かすのも安倍さんの特徴だ。憲法の解釈を変更し集団的自衛権を合憲としたのも、法制局長官を合憲としていた人物に差し替えて実現した。自身の経済政策を実現させようと日銀総裁も入れ替えた。報道の自由度を押さえようとNHK会長も替えた。菅官房長官の肝いりのふるさと納税に、地方税制の観点から異を唱えた総務省の局長も配転させた。政策実現の為に議論をせず、結論に合う人物に入れ替えて政策実現しようとするのである。

  部官僚の人事権を一手に握って、都合の悪い人物の排除を排除している。それにより、官僚は首相官邸の顔色ばかり窺って仕事をするようになった。更に、私利私欲に絡む政策や安倍さんの都合や主張に沿った政策に関しては、結論ありきで決めているようで、決定に至る議事録はなるべく簡略に、場合によっては議論があったかのように見せるために議事録そのものを作らない、というようなことまでしている。都合が悪くなると、議事録の改竄も厭わないことが今回の森友問題の決裁書改竄で明らかになった。

  こうしたことは、後に政策の正当性や決定過程の検証をしようとした時に、何の手懸りもない、ということになってしまう。自分のやったことを、平然と歴史の一部を自らの手で抹消しようとする行為なのである。自分さえよければ後はどうなっても良い、自分のやったことについては、後の人間にとやかく言われたくない、と考えて権力を行使している状況は、日本という国を壊しにかかっている、としか思えない。

  今回の森友問題がどう決着するのか分からないが、目を離さないことが大事だと思う。決裁書の改竄は勿論重大事件であり解明が待たれる。しかし、問題の本質はそこではなく、何で国有地の格安払下げが起こったか、というところにある。森友問題はようやく入口たどり着いた、という感じである。