安倍首相と日本語の意味

  安倍首相の所信表明が終わり、本格的な国会審議が始まる。所信表明演説の中では謙虚も真摯も丁寧も言わなかったようだ。安倍さんが、自分の発する言葉の意味が自分の思っているのと違うと気が付いたのか、と期待した。謙虚とか真摯とか丁寧というのは、今まで自分がそうしてきた、と言ってきた言葉とか態度とか状況とは意味が違っていた。これからは言葉の意味に合わせた行動や態度をとることにしよう、と思ったのか、或いは、これらの言葉は使わないようにしよう、と思ったのか、どっちだろうと思った。

  今更ながらではあるが、期待は実質審議初日に早くも外れてしまった。代表質問で、自民党岸田政調会長の森友加計問題への質問対し、国会において丁寧な説明を積み重ねてきました、衆院選での討論会でも丁寧に説明させていただいた、と相変わらずの答弁を繰り返したという。何ら反省したわけではなく、たまたま言葉が入らなかっただけのようだ。丁寧な説明をしてきたのならば、世論調査の結果からもわかるように、何で国民が納得していないのか、何で丁寧な説明をいつまでも求められているのか、一度でいいからよく考えて欲しい。

  安倍さんは謙虚とか真摯とか丁寧とかに限らず、耳触りの良い言葉が好きなようだが、使う言葉の意味を良く調べてから使うべきだろう。安倍さんにはもう説明したのに、と議論が堂々巡りをしているように思えるかもしれないが、それは、日本語的には丁寧でも真摯でもないからなのだ。政治家として、言葉の正確な意味位はしっかり理解して使ってもらいたいものだ。

  安倍さんが、今まできちんと説明してきたとは思えないのに、真摯にとか丁寧にとか説明してきたというが、何でそう言うのかと思っていた。政治家として説明できないようなことをしてきたからではないか、とは思う。しかし、安倍さんが本気でそう思っているようなら、言葉の意味がわかっていないのではないか、ということに行きついた。

自民党の数の横暴

  特別国会が開かれたが、実質審議に入る前に質問時間を巡って大揉めになった。結局自民党が強引に押し切り、与党1対野党2の割合で決まった。もともと自民党の野党時代に要請して始まった与党2対野党8。自分の都合で、今回与党になったら見直しを強引に押し通した。そこまでして見直した質問時間で、自民党は何を質問したかったのか。結局は自民党は質問したかったのではなく、野党の質問時間を減らしたかった、という本音が明らかになった。

  昨日(15日)に衆議院文部科学委員会が開かれ、加計学園問題についての質疑が行われた。ここで、自民党は質問者に義家前文科副大臣を立ててきた。義家さんは加計問題の渦中にあって内閣にいた人間である。その当事者が質問者とは一体何を考えているのか。本来質問に答える立場であるのに、何を質問しようというのか。答える側はその後任者たちである。聞く方が答える方より良くわかっている筈である。

  案の定、質問は野党批判ややマスコミ批判から始まって、自分たちのやってきたことの正当性を強調する場にしてしまった。国会は選挙運動の場ではない。行政を監視、点検、調査、確認などをする役割を持っている。これは、野党だから与党だから、ということではなく、国会全体に与えられた役割だろう。この役割を果たすべき場で政府と一体となって野党攻撃をしていては、何のために質問者になったのか理解に苦しむ。

  義家さんの議員としての資質もさることながら、自民党の党としての姿勢が問われてしかるべきだろう。議院内閣制の下では、政府と与党は一体化し易いのはごく自然なことである。国会での質問時間の大幅に拡大を要求するなら、それなりの責任が付いてくるはずである。にも拘らず、ごり押しして得た質問時間の大幅拡大をこんなことにしか使えないとは、自民党は国会の責任を放棄したも同然である。結局は野党の質問時間を減らし、意見の対立するものについては時間切れとしてしまう。そんな実質審議を伴わない、形だけの時間の経過で、何時間審議したから審議終了、としてしまいたいのだろうか。

  選挙が終わったばかりで当分選挙がないことを良いことに、数の力でのやりたい放題、の始まりなのだろうか。数を持っているのだから、何をやってもいいのだ、では、この国の政治はますます民主的なものから離れ、独裁的なものになってしまう。それでいいのだろうか。先の衆議院選挙で安倍さんが国民に語った謙虚で真摯な政治とはこういうことだったのだろう。相変わらず、安倍さんは言葉遊びだけで誠実さのかけらもない、ということが再確認できただけのようだ。

幼児教育無償化は誰の為?

  安倍首相が国の政策を自分の意のままに動かしている。安倍さんが人つくり革命の会合の中で、先の選挙公約の幼児教育の無償化財源等で、自民党に事前の話もなくいきなり榊原経団連会長に、3000億円の経済界の負担を要請した。安倍さんが自分の実行力を示したいという自己顕示欲から出た行動だろうが、党側の小泉筆頭幹事長は、党は何も聞いていないし、何も議論をしていない。このままなら党は要らない、と記者団に話した。

  これまでの重要法案等でやってきた、過去の議論は一切顧みず、突然自分の考えを表明してきた安倍さんは、またしても卓袱台返しである。勿論中身などある筈はない。突然の要請に対して3000億円を何に使うのかも不明。経団連に要請して榊原さんは容認する考えだが、三村日本商工会議所会頭からは中身がよくわからない。今まで議論してきたこども保険や教育国債との関連はどうなるのか。さらなる負担の発生はあるのかなど、もっと議論をして結論を出してほしい、と慎重な対応を求めた。

  幼児教育の無償化政策について、自民党と経済界の対応はともかくもっと深刻なのは、認可外保育園は無償化の対象外とする方向で検討している、という。『保育園落ちた!日本死ね!』を国会で無視しようとした安倍政権の本性が現れている。安倍さんやその取り巻きにとっては保育園問題などどうなろうとあまり関心がないのだろう。認可保育園に入りたくても入れない待機児童がどの位いると思っているのか。その為にやむを得ず認可外保育園に通わせている家庭も多い。そうした家庭に更なる不公平を押し付けても平然としていられる神経はどこから生まれるのか。

  更に、保育園や幼稚園の利用料を3~5歳児は全員、0~2歳児は低所得世帯に限って無料にする、という。幼稚園についてはどういう基準で無償化するのか。一部裕福な家庭向けの幼稚園などについても無償化するのか。或いは何か基準を設けるのか。一方で認可外保育園の保育料の負担を負わせ、一方ではどんな幼稚園でも無料にする、では幼児教育の無償化は新たな不公平を生みだすことになる。

  思い付きだけで議論もしていないような公約を出だしてはみたものの、内容については考えていない、ということが露見した。今年度末までに待機児童をなくす、という公約を先日反故にしたばかりである。その上に今回の話である。幼児教育についてどう考えているのか、本気で考えようとしていないというは明らかだろう。

  どんな政策であれ、国家の政策として実行しようとするなら、開かれた場で議論をしたうえで結論を得て、それから実行に移すという手順が必要なのは当たり前のことと思うが、安倍さんやその周辺の人たちにとっては、単に面倒な手続きにしか思えないのだろうか。何事によらず議論のできない安倍さんのやること。出来るだけ議論をしない方向で進めたがり、それに待ったをかける人がいないのは困ったものである。

いつまで続ける安倍首相

  総選挙が終わり、新内閣発足に伴う安倍首相の記者会見があった。記者会見は全く内容の無いものであったが、その中で安倍さんは、生産性革命と人づくり革命を車の両輪として、少子高齢化という最大の壁に立ち向かう、と強調した。相変わらず自分の掲げた看板政策を誠実に実行することなく、次から次と看板を掛け代えては何か仕事をしている風を装っている。

  最近まで議論してきた働き方改革はどうしたのか。幼児教育の無償化を掲げるが、そのの前に待機児童を無くすことが最優先だろう。10年後、20年後に、どういう社会にしようとしているのか全く見えない。目先の自分の保身のためには何を言えば関心を繋ぎ止められるかと、言葉だけが踊っている感じである。

  安倍さんは、トランプ米大統領の長女(首相補佐官)イバンカさんも参加した「国際女性会議WAW!」で、イバンカさんが女性企業家支援基金の立ち上げに携わったことを紹介。日本政府が5000万ドルの拠出金支援を決めたことをアピール。更に、日本と世界においてこれからも『女性活躍』の旗を掲げ、強いリーダーシップを発揮していく、と語った。しかし、男女格差(ジェンダーギャップ)の大きさを国別に順位付けした「世界経済フォーラム」の報告書が公表され、日本は144カ国中114位と、前年より三つ順位を下げた、という。こんな男女格差の大きな国の首相が、臆面もなく国際女性会議の席上で、ようこのようなことを言えるものだと思う。さすがに安倍さんの恩師の言っていた二つのムチ、つまり無恥と無知を併せ持っている安倍さんならでは、である。

  何としても憲法改正をしたい。その為には如何なる手段を使ってでも首相の座を手放さない。この先の日本をどうするかは関係ない。掲げる政策が、延命に役立つ言葉探しで終わってしまう。そんな安倍さんがいつまでこの国の首相なのかを考えると暗い気持ちになってしまう。

やはり言行不一致だった

  選挙が終わった後、安倍首相をはじめ閣僚からも『謙虚に』が連発された。案の定、あれから1週間もしない内に、言葉だけだったことが明らかになった。

  自民党は大勝したことで、国会での与野党の質問時間の配分を見直そうという動きがあるという。衆院予算委員会は現在、与党2割、野党8割の割合で質問時間が配分されているという。この野党の質問時間の割合を減らすことを検討しているという。菅官房長官は記者会見で「議席数に応じた質問時間の配分を行うべきだという主張は国民からすればもっともな意見だ」と述べたという。

  何でもっともな意見なのだろうか。与党は、国会で審議する前に政府と無制限の審議する時間が与えられている。ここで政府と与党は非公開の場で質問や要望など議案について審議することが可能なのであり、そうした手続きを経てから国会審議に臨んでいる。しかも党議拘束をかけて、党内からの反対意見は封じられているのである。一方の野党は、事前の質問や要望などの議案の審議の場があるわけではなく、明らかに国会審議以前の段階での差があるのである。もし菅さんの言うように議席数に応じた審議時間というなら政府与党間の事前協議を禁止するか、公開して質問時間とみなすことにしないと公平ではないだろう。

  何とかして野党と議論をしたくない。議論抜きで自分たちの言い分を通したい。しかも国民に見える形での実質的な審議の時間を短くして、与党の質問という形での政府の言い分の宣伝をしたい、という露骨な意図が見え見えである。どこが謙虚なのか。相変わらず言葉遊びだけで、言葉に沿った行動はしない安倍さんが旗振り役の自民党らしさが露見したということだろう。制度上の問題はあるものの、こんな形で『こんな人たち』に日本の政治を任せる選択をしてしまった日本という国は、この先どうなっていくのか心配だ。

総選挙が終わった

  何の為かわからない衆議院議員選挙が終わった。結果は周知のとおり議席数では自民党の圧勝である。議席数ではというのは、得票数では違った景色が見える。小選挙区では立候補者数が違うから一概に言えないが、それでも自民党の得票率は48%に対し獲得議席数は75%、比例区でも得票率は33%に対し獲得議席数は37%。小選挙区は全国的に候補者を揃えた自民党の全得票数は多くなるだろうから、それが支持率になるとは言えないだろうが、比例区は政党名での投票なのでほぼ支持率といえるだろう。

  この結果を冷静に見た結果かどうか、安倍首相をはじめ閣僚などからのコメントに謙虚という言葉が躍っている。安倍支持派と反安倍派では使っている意味合いが違うだろう。反安倍派は来年の総裁選挙に向けて、自民党支持票が盤石ではないことを強調し、安倍独裁に歯止めを掛け、自分が総裁選に出ることを見据えての発言だろう。一方安倍さんにとってはうれしい誤算になったが、今のところはそれを顔に出すと反発を買いそうなので、取り敢えず謙虚にと言っておこう、という程度だろう。

  言葉を大事にしない安倍さんにとって、その時に都合の良い耳触りの良いことを言っておけば、支持率は上向くと思っている。数度の強行採決の後も、森友加計問題の幕引きの為の強引な国会閉会の後も、国民の声に謙虚に耳を傾け、丁寧に説明していくと言っていた。それにより強引な国会運営で下がった内閣支持率が上向いた。今回も意味不明な衆議院解散後の総選挙が終わった後に、謙虚に、という。今までも謙虚だったことがあったか。丁寧に説明をしたことがあったか。それを考えれば、これからの国会運営を丁寧に進めるとは考えにくい。これから最長4年選挙をしなくて済むのである。これから2年位の間はどんなに傲慢な態度で強引な国会運営をしても、2年あれば忘れてくれるだろう、と国民を見透かしている。

  選挙制度に不満を言っても仕方ない。この結果で世の中動き出すのだから観念するしかない。ツケを先送りしている安倍さんの政策の破綻を見届け、尻拭いをするのが誰になるか。それを楽しみにしよう。

衆議院議員選挙投票日間近に

  何とも不可解な衆議院議員選挙の投票日まであと2日。ここで、改めて安倍首相が何で解散し、総選挙となったのか。解散の大義自民党の選挙公約というものを見てみると、この選挙が如何に自分勝手で、今回の解散にいわゆる大義など何処にもないことがよくわかる。大きな声で叫んでいる国難突破というのは,一つには北朝鮮の軍事的脅威、もう一つは少子高齢化社会への対応、ということになっている。

  北朝鮮問題については、脅威と感じ、Jアラートまで鳴り響かせたこの時期に、何故政治的空白を作る選挙などやるのか。しかも、来月トランプ米大統領が訪日した時にはゴルフをするという。憲法を改正し、緊急事態条項や衆院議員の任期延長の特例新設を作ろうとしているのに、本当に危機感を感じているのだろうか。ただ危機感を煽っているだけのような気がする。しかも、それ以前の問題として、外交を選挙で問うということ自体異常だろうと思う。外交政策にそれ程自身がないのなら、即刻辞任すべきだろう。

  少子高齢化問題については、消費税の使い方を変えて対処する、ということで、最も早くても2年先の話である。国難だと言いながら、少なくとも2年は放って置くということなのか。何が国難なんだろうか。本当の国難は、消費税の増収分を借金の返済に回そうとしていたのを、借金の返済を止めて使ってしまおう、ということである。危機的な国家財政の状態をどう考えているのか。財政健全化の先送りだけは決めて、具体策は示さない。おそらく、財政健全化が机上の計算だけでも難しくなるのだろう。この国難をどう解決するのか。

  その他、公約には改革だとか革命だとか受け狙いの言葉が躍っている。自民党は政権を担っている党である。公約に載せる位大事でやりたいことなら、さっさと実行すればいいことである。今までやってこなかったのに、公約に載せればできるのか。財源については何も語っていないということは、現行歳入の範囲で出来るということだろうし、予算措置が必要なら、予算編成権も握っているのだから、出来るだろう。何も仰々しく公約に載せるまでもないことの筈である。

  現状の報道機関による情勢分析では、自民の圧勝、ということのようだが、予想通りになったら本当の国難がやってくるのではないか。もっとも、安倍さんは今回も消費税の引き上げについて逃げ道を作っていて、本当に上げるかどうかは分からないが。