憲法9条を骨抜きにした安倍首相

  安倍首相が自身、真の意味での最重要課題としている憲法改正。それに次ぐ重要課題としている安全保障関連法を2015年秋に強行採決して以降日本はどう変わったか。

安倍政権発足以来、国家安全保障会議NSC)の創設、防衛計画の大綱・中期防衛力整備計画の改定、武器輸出三原則の見直し、特定秘密保護法の制定、「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織的犯罪処罰法の制定と、安全保障環境の変化の名の下に軍事国家化を進めてきた。そして、一方で日米防衛協力の指針(日米ガイドライン)を改定し、合わせて、解釈改憲をし、安全保障関連法案を強行採決し、集団的自衛権の行使に道を開いた。

  現在の自衛隊の姿は、これが憲法で平和主義を、9条で戦力の不保持・交戦権の否定を謳っている日本の自衛隊か、と目を疑うばかりである。纏まらなかったが潜水艦を豪州に売り込んだり、長距離巡航ミサイルの配備は憲法保有は許されると配備に向け検討をしたり、詳細は明らかにならないが、米軍と一体で行動しているのと同じ米軍機や米軍艦の護衛をしたりしている。

  更に驚くべきは、「いずも型」護衛艦の空母化を検討しているという。「いずも型」はヘリコプター搭載護衛艦というが、ヘリ空母と言っても良いようなものである。その大きさ・機能から、導入当初から空母化が既定路線と言われていたものである。この「いずも型」護衛艦を空母に改修し、そこに新規に米軍からF35B戦闘機を購入し艦載機とする、という構想のようだ。その他、表には出ていないが「ひゅうが型護衛艦の空母化もあるという。そうなると、現在保有している「いずも型」「ひゅうが型」各2隻、計4隻での空母の運用となる。

  今や日本という国は、言葉の上では、制約のない形の集団的自衛権の行使は認められない、とはいうものの、現在その解釈を拡大し、既成事実化している。自衛隊の運用はいつでも、何の制限も無しに、何処にでも行き、何でもできる、普通の国の軍隊と何ら変わらない状態になる寸前まで来ている。日本の自衛隊は、今やどこの国の軍隊かと見まごうような装備を持ち始めているのである。

  このような現状で、憲法9条は何を制限しているというのだろうか。安倍さんによって憲法9条は骨抜きになってしまった。その現状に合わせるかのように、憲法9条を変えようとしている。憲法9条自衛隊を書き込んでも現状と何も変わらない、と安倍さんは言うが、既に変わっているので追認するだけ、という意味なのだろうか。

  この危険な安倍改憲案について、自民党内でほとんど議論もせず自民党案として国会に出すという。こんな状態の自民党は既に公党ではなくなり、安倍さんの私党と化してしまっている。この自民党に追随している他の公党があるというのは不可解である。これが日本の国権の最高機関である国会を構成している最大政党の姿とは寂しい限りである。

改憲に前のめりの安倍首相

  最近、安倍首相は憲法改正に前のめりになっている。最近の前のめり度合いは、今にも前に倒れそうなほどである。今まで国会で質問されても、総理大臣として答弁しているから、と逃げ回っていた。最近は、国会での質問に、9条の改正についても、勿論突っ込んだ話にはならないが、自分の主張だけは言うようになった。自民党の中でも3月の党大会に改憲案を出そうと、党内議論より先に文案を作成し、取り纏めようとしているようだ。

  なぜこのようなことになっているのだろうか。一つには9月に予定されている自民党の総裁選挙の影響がありそうだ。とにかく、議論しない、出来ない、避ける、の安倍さんである。総裁選に出馬予定の石破さんは、改憲案は総裁選の争点になる、と言っている。総裁選の争点となれば、当然激しい議論の応酬となるであろうから、そうなっては困るのでその前に決めてしまいたいと考えても、なるほど、である。

  一方では、細田憲法改正推進本部長は、憲法改正案はできるだけ早く整理して、国会で審議し、国民投票にかける。案に対して疑問があって、議論が起こると反対論が多くなる。そうならないように誘導していくことが必要だ、と改憲案に対する世論の誘導にまで言及しているのである。

  安倍改憲案4項目の内、9条改憲案について。

  安倍さんは国会答弁で、自衛隊の任務や権限に変更が生じることはない、と繰り返してきた。更に、国民投票自衛隊明記の改憲案が否決されても、違憲ということにはならない、とも言っている。ならば何故憲法改正して自衛隊を書き込む必要があるのか。この最大の疑問には何ら答えていない。

  自衛隊を書き込む狙いは、書いておけば、自衛隊武力行使の範囲などは、後から解釈改憲で何とでも変更できる、と考えているからだろう。数十年間固定されてきた憲法解釈を、自分でいともあっさりと変えた、という実績を作っているのだから。取り敢えず賛成の得られるような平易な形で改憲案を示しておき、国民投票で賛成を得ればしめたもの。それから、実は、と言って何が出てくるか。安倍さんの本音をよく見極めなければなるまい。安倍さんは今、憲法を自分の手で変えられるかもしれない、この機会を逃がすまい、と全力でいろいろ動いているのだろう。

沖縄県への経済制裁?

  先日、沖縄県名護市長選が終わった。米軍普天間飛行場辺野古への移設が選挙の争点になるかと思われたが、移転に反対の稲嶺前市長に対し、移転を容認する新顔の渡具知候補は、選挙期間中にただの一度も辺野古という言葉も基地という言葉も発しなかったという。事実上の争点隠しに終始したようだ。一方、渡具知候補を推薦した自民公明両党は、地方の市長選としては異常と思えるような力の入れようであったという。安倍政権は辺野古への米軍飛行場の移設に執念を燃やしている。移設反対は絶対に許さないという姿勢をずっと貫いている。それが今回の市長選にも表れたと言えるだろう。

  沖縄県に対しては、辺野古への移設に反対だと経済制裁まがいのことをやり、容認だと経済優遇策を採る、ということを行っている。国の予算編成権は内閣にあり、承認は国会で成されるのであるが、現在の状況では予算は安倍首相の下で作成、決定されている。従って、予算の内容は内閣の方針に従って決定し、執行されるのである。その国家予算の中で、沖縄県の基地負担軽減策として振興予算は21年度まで3千億円台を確保するとの約束があるので、さすがにそれを下回ることはできないが、18年度で3010億円とする方針という。これは、辺野古移設を容認した仲井真前知事時代の14年度は3501億円だったものを、毎年削減してきたものである。

  更に、名護市在日米軍再編交付金の支給を再開するという。17年度分と18年度分として計約30億円になるという。これは、他府県の市町村でも米軍再編で関連施設などが増える市町村を対象に交付されているものではあるが、辺野古移設反対の稲嶺前市長の時には交付されなかった。

  2年程前からは、名護市の久辺3区に直接補助金を交付する枠組みを新設した。これは辺野古新基地建設に反対する名護市を介さずに、米軍との交流を目的にしたスポーツ大会や防犯灯設置、集会所の補修、改修などの為として、国から直接交付するというものであるが、法律を作ったわけではなく、全国的にも他の地区での適用はない。

  予算編成権が内閣にあるとはいえ、このような国家予算を使った利益誘導が堂々とまかり通って良いのだろうか。地方自治をないがしろにし、中央集権を強化し、政府の方針に反対は許さない、という姿勢を鮮明にした。従来も中央とのパイプを前面に出す候補者はいたが、政権が首長選で、反対すれば経済制裁が待っている、ということを前面に出して候補者を選別するようでは地方自治は死んでしまう。やってはいけない、と書いてなければ何でもやる、という姿勢の安倍内閣の下で、日本の民主主義は仮死状態になってしまっている。早く正常な状態に戻してほしいものではある。

2倍未満なら合憲とは

  昨年実施された衆議院選挙で、一票の格差が投票価値の平等を定めた憲法に反する、として選挙無効を求めた訴訟の判決が次々と各地で出されている。

  その内容を見ると、最大格差が1・98倍になり2倍を超えなかった。だから憲法には違反しない、というのが判決の主たる理由となっている。これは立法が司法に優先している、という現状を象徴した判決だろう。もっと言えば、行政に支配されている立法に司法が屈服した判決と言えるだろう。

  現在の安倍政権が憲法改正に前のめりになっている状況で、違憲、若しくは違憲状態の判決を出せば、憲法論議に一定のブーレキの役割を担うことになりかねない。そんなことを安倍政権は許す筈がない。人事権をチラつかせた政権からの一定の圧力が掛かっているとしても不思議はない。これまでの一票の格差裁判では、高裁レベル判決は、合憲、違憲状態、違憲、など分かれていたが、今回は、これまで出た判決が、すべて合憲、判決理由もほぼ同じ、というのも何か不気味である。

  選挙とは選挙民が各レベルの議会の議員を選ぶ唯一の機会である。議会の議員は、納税者が納めた税金の使い道を決めるのである。選挙民の多くは納税者である。納税者がどのように税金を使って欲しいかを決めるのが選挙でもある。一票の格差が2倍未満なら合憲というなら、納税者が納める税金も誤差2倍未満なら合法、と言ってくれるのだろうか。権利が1.98倍以内なら合憲、ならば、義務は1.98分の1以上で良い筈だが、何故権利のみ制約されている状態で平等と言えるのだろうか。

  平等と言いたいなら、一票の格差は1.1倍未満に収める位の事は当然だろう。毎回1.1倍未満に収めるのは技術的に難しいというなら、速やかに1.1未満に収めることを条件に、短期的に1.5倍未満程度を容認する位が限度だろう。それが出来ないというなら、選挙制度に欠陥があるのだから、選挙制度を変えるしかない。司法の側としては、そんなことは十分承知しているものと思われる。だから、もし何の制約もなく純粋に格差だけを考えての判決なら、違憲判決が出ることと思う。しかし、憲法論議が無くても政権与党に有利な現行選挙区割りの変更には躊躇するのだろう。

  日本は立法、行政、司法の3権分立と学校で習うが、実際は行政府が上位にあり、立法府と司法府がその下で行政府を支える、という構図になっている。真の意味での司法の独立が欲しいものである。

議論から逃げ回る安倍首相

  相変わらず安倍首相は憲法に話が及ぶと、議論をしようとしない。国会の施政方針演説の代表質問で憲法について質問されると、「首相として答弁しており、差し控えたい」と逃げた。ならば、何で施政方針に憲法の話を持ち込んだのか。国会で憲法に話が及ぶと、決まって同じような答えをし、自分の意見を言おうとしない。言えば議論になることは必定で、議論が出来ない安倍さんにとっては困った事態になる。従って、その時点で逃げるしかないのだろう。

  首相だと何で国会で憲法についての議論が出来ないのか。国会以外では言いたい放題なのに。国会以外では自民党の総裁としての発言だと言うつもりだろう。しかし、安倍晋三はひとりだ。言い逃れの為に、都合よく使い分けをしているだけ。どうしても正当な使い分けと言い張るなら、憲法発言の時は、いつも自民党総裁を肩書にすべきだ。マスコミに対しても、憲法発言の時の肩書は自民党総裁であり、首相としてではないと徹底させ、安倍首相との報道に対しては、お得意の報道機関への圧力で安倍総裁に訂正させる位の事をしてはどうか。

  安倍さんは自分で憲法論議を言い出しおきながら、なぜ議論を避けたがるのだろうか。おそらく憲法を改正した首相という冠詞が欲しいのだろう。改正の内容はどうでもよい。とにかく、字句の変更だけでも良いから何らかの改正をしたい、ということだろう。そうでなければ、長年自民党内で議論を重ねてきた憲法草案をいとも簡単に捨ててしまうなんてことは考えにくい。そして、国会で多数を得られ易いように、議論をしたこともないような、日本維新の会が提案する教育無償化や、公明党が言うところの加憲で賛成しやすくするような、9条はそのままで自衛隊を追加で書き込む、など思い付きだけで出てきたような改憲案を臆面もなく出してくることはないだろう。本気で憲法を改正したいのだ、と考えての言動とはとても思えない。

  こんな安倍さんに唯々諾々とついていく多くの自民党国会議員は、憲法改正をなんだと思っているのか。自分の次の選挙の損得だけしか考えないなら、もう国会議員失格としか言いようがない。戦前回帰というより、今を次なる戦争への戦前にしてはならない。個々の国会議員がもっと真剣に憲法について考えて行動しないと、日本という国が再起不能になってしまう。この国を何処に連れて行くのか。選挙は当分なさそうなので、今の国会議員の責任は重大なのだ。よく自覚して欲しい。

真剣に考えてよ、安倍さん

  いつも思うことだが、安倍首相の語る政策は、きちんと考えられ、議論の末に出てきたものとはとても思えない。

  今日通常国会が召集され、安倍さんによる施政方針演説があった。その内容たるや、自分の思いだけをただ並べただけ。到底議論された上でのものとは思えない。きれいな言葉だけを並べただけで、何をしたいのかがさっぱりわからない。今年が明治維新から150年ということに触れ、「今こそ新たな国創りの時だ」と意気込みを示したものの、どんな国にしたいのかは一切語らない、語れない。

  働き方改革関連法案によって「誰もが能力を思う存分発揮すれば、少子高齢化も克服できる」と言うが、なんで克服に結びつくのか、どういう関係があるのかわからない。「同一労働同一賃金」を実現させるとも言っている。安倍さんの言う「同一労働同一賃金」はどういうものなのだろう。言葉だけが独り歩きして、どんなイメージかは語らない。

  憲法改正を巡っては「国のかたち、理想の姿を語るのは憲法だ」と言ったが、そもそも、憲法は権力を縛る最高位の法律、つまりルールなのである。理想や理念を述べるものではない。そこに書かれた事柄は無条件に守らなければならない事柄なのである。憲法とは何ぞや、ということをもっとしっかり考えて欲しいものである。

  更に、幼児教育の無償化、私立高校の無償化、大学学費の減免、給付型奨学金の拡充と、サービスのオンパレードである。幼児教育の無償化をして、待機児童解消対策はどうするのか。待機児童に対する負担軽減見合いはどうするのか。全体像は全く分からない。

  外交・安全保障では北朝鮮の脅威を前面に出し、日米が連携を強化して対処していく、と強調している。暗に軍事力を強化するために、防衛費を増加すると言っている、

そして、財政再建については、これまで20年度としていた基礎的財政収支プライマリーバランス)の黒字化達成の目標時期を見直し、今夏までに新たな目標時期を具体的な歳出抑制計画とともに示す、と表明した。大判振る舞いの施政方針の下、財政再建に使う予定であった消費税も半分は政策に使ってしまう。お金は降って湧いてくる訳ではない。一方で使いたい放題をして、財政再建用の財源まで使い込んで、安倍さんの頭には、財政再建という言葉は全く無いようだ。今夏に作成するという新たな目標も、どうせ明るい未来の絵に描いた餅で、自分の任期中には使いたい放題で任期後に何とかする、という結論ありき作文が出てくるだけだろう。

  議論が出来ない安倍さんが、議論もしていない内容の無い言葉だけの施政方針を掲げ、懐具合も気にせず、後々の選挙を有利に進めるために使いたい放題使って、大赤字体質を残して「はいサヨウナラ」では一国の総理大臣としてあまりにも無責任だろう。そんなことをする前にさっさと辞めて欲しい。

相変わらず意見交換が出来ない

  核兵器廃絶国際キャンペーン〈ICAN〉」事務局長が求めていた安倍晋三首相との面会を政府が、日程の都合上難しいということを理由に断ったという。相変わらず独りよがりの日本政府の見解、というより安倍首相の意向なのだろう。被爆国である日本の首相として、被爆者に寄り添うことが出来ない。残念な首相なのだろう。安倍さんのいつものパターンで、口先では何とでも言える。しかし、行動は伴わない。

  パネル討論に参加した外務省の役人は、核不拡散条約(NPT)など核保有国も含む枠組みを通じて、日本政府が「地道に核軍縮に取り組んできた」と訴えた。しかし、別の場で、被爆者からは「首相は条約(核兵器禁止条約)に参加できない理由を自信を持って説明できないのではないか。被爆国として本来はノーベル平和賞への祝辞を述べるべきなのに、述べずに逃げ回っている」と見抜かれてしまっている。

 安倍さんには、日本が被爆国であり、現実に被爆して苦しんでいる国民がいるのだ、ということが認識できないのだろう。アメリカの核の傘の下でアメリカの兵器を大量に買い込んで、憧れの軍事大国への道をまっしぐら。一応国内向けに核軍縮に取り組んでいるというポーズはとるものの、アメリカの機嫌を損ねない程度にアリバイ作りをしている程度のこと。真剣に取り組んでいるというなら、意見の異なる相手に逃げ回ることはないだろう。堂々と、自信を持って意見を交わせばいいだけのことである。

  討論や意見交換が出来ない、といういつもの安倍さんの本領発揮である。意見交換をして底の浅さが露呈しないように、初めから意見交換をしないのが得策、ということだろう。外務省の役人が事前の打ち合わせを綿密に行い、会談がほぼ形式的に進められる外国首脳との会談は数多く設定されるが、重要な国際的な組織との会談は設定しない。こちらは役人の事前の設定がなく、殆どその場の真剣勝負になる。これには安倍さんが内容的に議論に耐えられない。従って会談を設定しない、ということになる。情けない。これが日本の総理大臣とは。