エリート養成課程

  小中学校の学習指導要領案が公表された。

  「ゆとり教育」の反省というか「ゆとり教育」批判をかわすためか、盛りだくさんの内容となっているようだ。従来小学校5年生だった外国語教育の小学校3年生からの開始と5年生以上の授業時間の倍増化。小学校でのコンピュータプログラミング課程の必修化。指導の内容も、「何を学ぶか」が中心だったものが、「何ができるようになるか」、そのためには「何を」「どのように」学ぶか、に移す、という。

  ゆとりの後は詰め込みへ舵を切ったようだ。しかし、その結果何が起こるか。従来の授業時間はそのまま据え置いての授業時間の追加である。勿論教える側の先生の負担も大変であろう。外国語教育にしろコンピュター教育にしろ、どれだけの先生が対応できるのだろうか。授業時間の増加への対応も大変だろう。授業の質量ともに増やした結果、先生は児童に対する時間が確保できるのだろうか。あれもこれもと思いつくままに詰め込んだ、そんな気さえする。

  更に、教わる側の児童の方はどうだろう。今でも落ちこぼれが問題になっている。授業の質量がともに増えれば落ちこぼれる生徒も増えるだろう。教える側の先生に時間的余裕が無くなるのだから、先生に救済を求めることはできないだろう。その結果、悪く行けば、1学年ごとに1割落ちこぼれれば、中学卒業までの9年間で、最後までついていけるのは1割、ということになる。

  もしかして、日本という国は義務教育という教育システムを使って、幼少期から一部のエリートとその他大勢の愚民に振り分けをしようとしているのか。