議論のできない総理大臣

  安倍首相の政治姿勢の特徴は、重要な事柄になればなるほど、徹底して議論を避け、強引に物事を進めていくことだろう。国会の質疑においても重要事項になると、答えをはぐらかしたり、質問には答えず持論を展開したり、質問と異なる話をしたり、ということが多い。しかも、他人の言うことは聞かなくても、自分の言いたいことだけは言う、という特徴がある。

  その安倍さんが唐突に2020年に改正憲法を施行したいと言い出した。当然、憲法を改正するには、国会の発議、国民投票を経なければならない。それを、国民には何の説明もなく、いきなり改正憲法の施行の話をするという。何なんだこれは。しかも、話を聞きたければ、安倍内閣の広報新聞を読めという。その後、今年中に自民党内の意見を取りまとめるように指示したという。

  安倍さんにとっての憲法とは、改正の必要があるから改正する、のではなく、理由はともかく、自分の手で改正したという実績を残すべきもの、になっているようだ。従って、どうしたら議論をせずに改正できるか、という視点で、今後の総裁選や衆院選挙という政治日程を考えたのだろう。まともに議論をしようとしても、改正に至る考え方の論理的蓄積、これまでの党内外の憲法論議の歴史、など、これまでの自らの知識の中に、論理的歴史的積み重ねがないので、議論にならないだろう。

  こんな人の下での憲法改正など考えられない。憲法とはどういうものか、ということをきちんと考えてもらいたいものである。国論が二分されようと、国民投票過半数をとれば改憲出来るのだろう、では無いのである。きちんとした議論の積み重ねをし、国民にも十分に説明がなされ、その後に実施されたEU離脱の英国国民投票や米国大統領選挙。それでも、いずれも国論が二分され、結論は出たものの、なかなか対立の修復が出来ない。

  安倍さんは、おそらく英米の状況は日本とは関係ないこと、と思っているのだろう。しかし、民主主義先進国の英米での状況が、憲法改正に向けての民主主義未熟国の日本の参考にならないはずはないのだが。十分な議論もしないで、改憲をしたという自分の実績作りの為に出した方針で、国民に十分な説明もなされないままに、さあ国民投票で決めよう、ということなんだろうか。