疑惑解明に背を向ける総理大臣

  もう一度加計学園問題について書いておこうと思う。事態は進展しているのかどうかは分らないが、少なくとも状況は少し変化しているようだ。菅官房長官により怪文書扱いされている文書については、出処も日付も特定できている、何より加計学園問題の進行時の文科省の事務方トップの前川前事務次官が「私が説明を受けた文書である」とその存在を認め、「なかったことにはできない」と言っているのである。しかも、菅さんの人格攻撃にもかかわらず、各種報道機関が調べるほど前川さんの人格の良さが出てきて、菅さんの方が非勢の状況になってきた。それでも菅さんの怪文書扱いは変わらないし、相変わらず人格攻撃も終わらない。

  問題が大きくなり始めたころ、文科省はこれらの文書があるかどうか調べてみる、と言った。そして、調べたが文書の存在は確認できなかったことを明らかにした。調査については、獣医学部を所管する専門教育課の共有フォルダ―にあるかどうかのみで、削除履歴も調査はしていない。また、職員の個別パソコン内やその削除履歴も調べていない、という。その理由については、聞き取り調査で文書の存在が確認できなかったため、としている。更に、行政文書の調査なので、私的なメモについては調査対象外とした、としている。

  これが果たしてまともな調査と言えるのだろうか。しかも、安倍首相、菅官房長官、松野文科大臣が共通して、再三にわたる再調査要請を拒み続けている拠り所、としているのがこの調査なのである。この様な、調査ともいえないような調査にしか頼れないという内実は、ちょっと調べれば一連の文書がぞろぞろ出てくる、ということを意味しているのだろう。口で何十回と「文書はない」「影響を与えたことはない」と言うより、一回のちゃんとした調査で説明のつく話である。

  国会の質疑で、加計学園の名前が出ると異常に興奮するのも、後ろめたさの裏返しなのだろう。小学生の学級会以下のレベルの逃げの答弁、まともに質問に答えず、はぐらかし、自説を主張して時間稼ぎをしている首相。自分や妻が関係していたら、総理大臣どころか議員も辞める、と言ってしまった首相。一旦怪文書扱いしてしまい、あるとは言えなくなってしまった。更に人格攻撃までしてしまい、退けなくなってしまった官房長官。首相には逆らえない文科大臣。今の状況がまともだと思っているのでしょうか。騒ぎが収まるのをじっと待つ政権首脳。現状の独裁体制をみると、やはり日本に民主主義は無理なのかな。そう思うとなんだか悲しくなってくる。