自民党の数の横暴

  特別国会が開かれたが、実質審議に入る前に質問時間を巡って大揉めになった。結局自民党が強引に押し切り、与党1対野党2の割合で決まった。もともと自民党の野党時代に要請して始まった与党2対野党8。自分の都合で、今回与党になったら見直しを強引に押し通した。そこまでして見直した質問時間で、自民党は何を質問したかったのか。結局は自民党は質問したかったのではなく、野党の質問時間を減らしたかった、という本音が明らかになった。

  昨日(15日)に衆議院文部科学委員会が開かれ、加計学園問題についての質疑が行われた。ここで、自民党は質問者に義家前文科副大臣を立ててきた。義家さんは加計問題の渦中にあって内閣にいた人間である。その当事者が質問者とは一体何を考えているのか。本来質問に答える立場であるのに、何を質問しようというのか。答える側はその後任者たちである。聞く方が答える方より良くわかっている筈である。

  案の定、質問は野党批判ややマスコミ批判から始まって、自分たちのやってきたことの正当性を強調する場にしてしまった。国会は選挙運動の場ではない。行政を監視、点検、調査、確認などをする役割を持っている。これは、野党だから与党だから、ということではなく、国会全体に与えられた役割だろう。この役割を果たすべき場で政府と一体となって野党攻撃をしていては、何のために質問者になったのか理解に苦しむ。

  義家さんの議員としての資質もさることながら、自民党の党としての姿勢が問われてしかるべきだろう。議院内閣制の下では、政府と与党は一体化し易いのはごく自然なことである。国会での質問時間の大幅に拡大を要求するなら、それなりの責任が付いてくるはずである。にも拘らず、ごり押しして得た質問時間の大幅拡大をこんなことにしか使えないとは、自民党は国会の責任を放棄したも同然である。結局は野党の質問時間を減らし、意見の対立するものについては時間切れとしてしまう。そんな実質審議を伴わない、形だけの時間の経過で、何時間審議したから審議終了、としてしまいたいのだろうか。

  選挙が終わったばかりで当分選挙がないことを良いことに、数の力でのやりたい放題、の始まりなのだろうか。数を持っているのだから、何をやってもいいのだ、では、この国の政治はますます民主的なものから離れ、独裁的なものになってしまう。それでいいのだろうか。先の衆議院選挙で安倍さんが国民に語った謙虚で真摯な政治とはこういうことだったのだろう。相変わらず、安倍さんは言葉遊びだけで誠実さのかけらもない、ということが再確認できただけのようだ。