安倍首相は誰を守るのか

  安倍首相は何か事あるごとに、国民の生命と財産を守るために全力を尽くす、と言う。そして、国家的危機を演出して、軍備増強を進めている。だが、これは本気でそう思っているのだろうか。軍備増強のための方便なのではないか。内閣総理大臣であれば、こんなことは言わなくても至極当然ことである。だが実際にやっていることはどうか。

  沖縄で保育園の屋根にヘリコプターから部品が落下し、屋根に落ちて屋根がへこんだ。その後、更に、同じく沖縄の小学校にはヘリコプターの窓が窓枠もろとも、体育の授業中の子供がいた校庭に落下した。保育園の件は、落ちてくるところを見られたわけではないので、米軍はヘリコプターの部品であることは認めたものの、飛行中に落下した可能性は低い、と説明し、政府は何の対応もしなかったようだ。

  しかし、小学校の件は、部品が落ちてくるところ、更に、落としたヘリコプターがすぐに基地に引き返したところまでをテレビカメラに撮られ、言い逃れができない状況であった。事故後も当該機種以外の米軍機の飛行は続けていた。米軍からは、事故は人為的なミス、今後は学校の上空は最大限可能な限り飛ばない、と説明があった。そして、事故から6日での同型ヘリコプターの飛行再開となった。日本政府もこれで飛行再開を容認した。沖縄県は相次ぐ米軍機の事故に米軍の安全対策を問題視し、県内の全米軍機の総点検とその間の飛行中止を日本政府や米軍に要請したものの、米軍のみならず、日本政府からも無視された格好となった。

  これが日本政府の、国民の生命を守る姿勢なのだろうか。現実に保育園や小学校に軍用機の部品が落ち、子供たちが危険に晒されている状況でもこの対応である。これは相手が米軍なら何をされても仕方がない。国民の生命より米軍は優先される、ということなのだろうか。あるいは、これは沖縄のことだし、けが人が出たわけでもないから、ということなのだろうか。沖縄県民だって日本国民であり、安倍さんの言う、生命財産を守られる側の立場であるはずである。

  これは、基地が普天間から辺野古に移ったからと言って解決する問題ではない。それとも、基地が辺野古に移ったら海上以外は飛行しない、という確約でもあるのだろうか。いったい生命財産を守られる国民とは誰を指しているのだろう。あれは沖縄のことだから、と済ましてはいけない。日本国民全体で真剣に考えないと、結局政府は国民を守れない、という歴史に戻ってしまう。