2倍未満なら合憲とは

  昨年実施された衆議院選挙で、一票の格差が投票価値の平等を定めた憲法に反する、として選挙無効を求めた訴訟の判決が次々と各地で出されている。

  その内容を見ると、最大格差が1・98倍になり2倍を超えなかった。だから憲法には違反しない、というのが判決の主たる理由となっている。これは立法が司法に優先している、という現状を象徴した判決だろう。もっと言えば、行政に支配されている立法に司法が屈服した判決と言えるだろう。

  現在の安倍政権が憲法改正に前のめりになっている状況で、違憲、若しくは違憲状態の判決を出せば、憲法論議に一定のブーレキの役割を担うことになりかねない。そんなことを安倍政権は許す筈がない。人事権をチラつかせた政権からの一定の圧力が掛かっているとしても不思議はない。これまでの一票の格差裁判では、高裁レベル判決は、合憲、違憲状態、違憲、など分かれていたが、今回は、これまで出た判決が、すべて合憲、判決理由もほぼ同じ、というのも何か不気味である。

  選挙とは選挙民が各レベルの議会の議員を選ぶ唯一の機会である。議会の議員は、納税者が納めた税金の使い道を決めるのである。選挙民の多くは納税者である。納税者がどのように税金を使って欲しいかを決めるのが選挙でもある。一票の格差が2倍未満なら合憲というなら、納税者が納める税金も誤差2倍未満なら合法、と言ってくれるのだろうか。権利が1.98倍以内なら合憲、ならば、義務は1.98分の1以上で良い筈だが、何故権利のみ制約されている状態で平等と言えるのだろうか。

  平等と言いたいなら、一票の格差は1.1倍未満に収める位の事は当然だろう。毎回1.1倍未満に収めるのは技術的に難しいというなら、速やかに1.1未満に収めることを条件に、短期的に1.5倍未満程度を容認する位が限度だろう。それが出来ないというなら、選挙制度に欠陥があるのだから、選挙制度を変えるしかない。司法の側としては、そんなことは十分承知しているものと思われる。だから、もし何の制約もなく純粋に格差だけを考えての判決なら、違憲判決が出ることと思う。しかし、憲法論議が無くても政権与党に有利な現行選挙区割りの変更には躊躇するのだろう。

  日本は立法、行政、司法の3権分立と学校で習うが、実際は行政府が上位にあり、立法府と司法府がその下で行政府を支える、という構図になっている。真の意味での司法の独立が欲しいものである。