継続性を無視する安倍首相

  安倍さんには自分も歴史を作っている、という自覚が全く感じられない。森友問題での財務省の公文書の改ざん事件の対応も、小さな事件として葬り去ろうとしている。加計問題では一部議事録が無いから公表できない、と平然と言い放った。政権の座になる自分の立場が全く分かっていない。

  モリカケ問題での公文書の扱いの反省と称して、公文書管理のガイドラインを見直したが、本質部分に手を付けることは無く,かえって従来より後退した感がある。政策の決定過程などを出来るだけ不透明にしたい、というのが安倍政権の方針のようだ。これにより、後世に政策決定過程の検証をさせない、という方針であることがわかる。如何に公表したくない事実が内包されているか、ということだろう。

  公文書に限らない。安倍政権発足時に、当時約500兆円に届いていないGDPを、600兆円にする、という目標を掲げた。当時は目標達成は無理だろうというのが大方であった。しかし、安倍さんは、従来のGDPの計算方式を変更してしまった。これにより、スタートの数値が引き上げられると共に、従来加算されていなかった項目が新たに加算されるので、大きく数値が引き上げられることとなった。これにより600兆円達成可能となった。

  日本経済の実態を表すと言われるGDP.その計算方式を変えてしまうということは、以前からの連続性を断ち切って新たにスタートさせる、ということである。統計資料は継続性が保たれなければ意味は無くなってしまう。それなのに、自分の政策の未達を糊塗するために、統計資料まで犠牲にしてしまうとは。

  同様のことが賃金資料で行われていたという。厚生労働省の公表する毎月勤労統計で、今年の1月に算出方法を変えた。この統計による労働者1人当たりの現金給与総額が、変更後に3.1%と大きく伸びることとなった。厚労省は参考値として変更前に近い数値も公表しているが、こちらは従来同様1.5%前後と伸びは小さいままであった。しかし、変更後の数値を正式数値として使用するという。

  統計数値の計算根拠をこんなにいとも簡単に変更してしまって平然としていられるとは。安倍さんは、政権と担当している自分たちは歴史作りの一翼を担っている、という自覚が全くないのだろう。ばれた後の言い訳は、適正な計算方法に変更した、ということにするのだろうが、それなら変更した方が良い理由や、変更方法、変更による影響、変更後の見通しなど、事前に丁寧に説明をする必要があろう。

  どんな統計資料も、時の権力者によって恣意的に計算方法の変更が許されるなら、それはもう統計資料としての価値は無い。安倍さんのお得意の方法ではあろうが、自分に都合の良い結果が出るように計算方式を変えるなどもっての外である。

  政策が悪いのか、政策遂行能力が無いのか、言っていることに対しての実績が上がらない。いずれにしても自分の能力不足を露呈している。これらの計算方法の変更はばれたものだが、このほかでも何をやっているのかわかったものではない。安倍さんの使う数字には要注意ということだけは良くわかった。歴史を壊してまで自分を主張する安倍さんには、早く退いて欲しいものだ。