国民の老後はどうなる

  長い老後を暮らせる蓄えにあたる「資産寿命」をどう延ばすか、金融庁は5月22日に、初の指針案をまとめた。高齢社会における資産形成・管理として、金融審議会で示した。そして、老後に必要な「資産寿命」の延ばし方の指針を、6月3日に公表した。一方、政府は6月5日の未来投資会議で、今年の成長戦略に70歳まで働ける場を確保することを企業の努力義務として規定する、などを盛り込んだ。

  かつて、(自公政権下の)政府は100年安心年金を謳っていた。今でも大々的には言わないものの、看板は下ろしていないし、相変わらず公的年金の必要性安全性を前面に出している。しかし、この公表した二つの意味するところは、老後の生活資金に公的年金を当てにしてはいけない。働ける間は働くように。老後の生活資金は年金は当てにできないから、若い頃から自力で老後の生活資金確保に向けての資産形成を考えるように、というもの。

  何で突然こんなことを言い出したのか。安倍政権はこれからどうしようとしているのか。今までの政策の失敗を認めるのか。国民に何を要求したいのか。何の説明もなく、70歳まで雇用確保を企業に求め段階的に法整備していく、とか、95歳までの老後生活資金は夫婦で約2千万円必要だとか。これは一体何なんだ。

  70歳までの雇用確保など、雇用する側の企業への人件費を含めた影響は大きいだろうし、雇用される側の労働者もいつになったら働くことから解放されるのか。政府の失政のツケを企業や個人に廻し、政権としては何をするというのか。

  また、老後生活資金を公的年金に頼っていると資金不足になるから、個人レベルでの資産運用が重要と言われても、そもそも運用する資金をどうしろというのか。一部の恵まれた層以外、資産運用など考える余裕はないだろう。しかも、運用する投資先の主たるものは結局株や債券であろう。その株や債券は、今や日銀や年金資金が大量保有し、それを手放そうとすれば間違いなく大幅値下がりを覚悟しなければなるまい。そんなところに無理をしてまでも、将来の生活資金という長期資金を投資できるのだろうか。

  偶然か意図的か、今年は公的年金の財政見通し公表の年である。長期の公的年金財政の収支バランスを検証するのだから、希望的観測ではなく、実態に近い見通しを使って将来の給付水準計算をしてほしいものである。その上で、安倍政権は年金の運用を含めた実態を明らかにし、高齢化社会に向けて政府は何をするのか、高齢者だけでなく、国民全体にどうして欲しいのか、明確な説明をしてもらいたい。年金に限らず、日本という国を将来どういう国にしようとしているのか、具体的な話を聞いたことが無い。美しい国などと抽象的な中身のない言葉遊びはもう止めて、きちんと中身のある具体的な話をしてもらいたい。